スタートアップ支援とは?起業の先輩と後輩の連携機能を解説

スタートアップ支援とは、起業した企業に対し、行政やベンチャーキャピタルなどが資金やノウハウをサポートすることです。「スタートアップ」には、「始動」や「開始」「新規事業を始める」という意味があります。

日本にも、ようやく起業を尊ぶ風土が生まれつつあります。アメリカのようにどんどん新しい企業が生まれないと、経済が衰退するという危機感が強い状況です。

2022年7月28日、アメリカ訪問中の荻生田経済産業大臣はシリコンバレーに今後5年で1,000人規模の日本人起業家を派遣することを表明しました。

今回ご紹介する企画書は、スタートアップ支援に関する参考になる情報が満載です。

 

1. スタートアップ支援に関する企画書の特徴

今回の企画書は、起業の先輩であるメンターを絡めてどうプロデュースしていくのかが記載されています。ポイントとなるキーワードを、以下に記します。

① 高まるイノベーションを興すことができる人材への需要
② 起業経験者や新規事業立ち上げ経験者によるメンタリング
③ 革新的なベンチャー企業のスタートアップを加速させるためのエコシステム
④ 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の未踏事業
⑤ 特許出願
⑥ ライセンスフィー
⑦ ブレインストーミング
⑧ コンピュータサイエンス
⑨ ハードウェアベンチャー
⑩ マネタイズのアイディア
⑪ イニシャルコスト
⑫ 知的財産権のライセンス
⑬ 知的財産権を共同所有にしない

 

2. ITベンチャーのスタートアップ促進事業から学ぶ

では、一般社団法人未踏が作成した企画書を以下具体的に見ていきましょう。

2-1. モデル実証事業の目的と実施概要

1.1 事業の目的
近年、特に先進国と呼ばれる国々では、成長期から成熟期に入ったために既存の活動の延長線上では成長力が鈍化しつつある経済を、新たに発展させるためのイノベーションを起こすことのできる人材への需要が大きく高まっている。

そうした中、米国のシリコンバレー等では、起業希望者や設立間もないベンチャー企業に対して、起業経験者や新規事業立ち上げ経験者等が支援を行ったり、投資家や専門家、ほかの起業家等とネットワークを構築したりすることができるコミュニティが形成されており、革新的なベンチャー企業のスタートアップを加速させるための環境 (エコシステム) が存在している。

その一方で、日本ではイノベーティブな人材が活躍するための環境が必ずしも整っているとは言い切れない状況であり、海外のITベンチャー企業に国内のIT製品やサービスの市場を席巻され続けているというのが現状である。

こうした事態を打開すべく、2000年より独立行政法人情報処理推進機構 (IPA) の未踏事業が開始されており、高度な技術力や優れたアイデアを持つIT人材やそれに匹敵するような創造的人材を発掘・育成するという成果を成し遂げている。

こうした人材は、自身の技術力やアイデアを活かしてビジネス展開が間近に見えるようなシーズを数多く生み出しているが、ビジネス面の経験が浅いため、いざ起業しようとすると様々な障害に遭遇し、起業を諦めてしまったり、起業できても大成できないでいたりすることが多い。

そこで本事業では、海外の先進的な事例を参考に、先輩起業家等によるサポートが革新的なベンチャー企業の創出に有効であるという仮説に基づいてモデル実証を行い、その有効性を検証するとともに、効果的なスタートアップ支援の方法についての知見を蓄積することを目的とする。

1.2 事業実施概要
起業を目指す、もしくは起業後間もない人材を対象に、先輩起業家や専門家等によるアドバイスやメンタリングを行い、起業や事業化に向けた課題の解決のためのサポートを行うとともに、事業実施を通じて蓄積された知見をもとに、より効果的なメンタリング方法について取りまとめるものとする。

具体的には、まず、効果的なメンタリング方法を探るためのテストメンタリングとして、未踏事業OBで株式会社を設立したばかりのA氏と、同じく未踏事業OBであり大企業に勤務しながら、自身の開発してきたプロダクトをどうやって世に出すのか模索していたB氏を支援対象者として、事務局である一般社団法人未踏 (以下「未踏社団」と表記) のメンバー及び外部専門家によるメンタリングを実施する。

そして、テストメンタリングを通じて見出された課題を整理したうえで、メンタリング方法の改善を検討し、その内容を踏まえた本メンタリングとして、未踏事業のOBであり、一度は起業したもののうまくいかず、現在は企業に勤めながら時間外で技術開発を進めているC 氏をおもな支援対象者として、事務局関係者および未踏事業OB・OGである起業経験者等によるメンタリングを実施する。

なお、本メンタリングの実施にあたっては、「①革新的ベンチャーのスタートアップ支援モデル構築事業」(以下「①事業」と表記) において開催するネットワークイベント等と連携して、複数のメンターと複数の起業希望者による多対多のメンタリング機会を創出するほか、ベンチャー企業にとって特に重要となる採用や業務提携といった人材面の課題を解決するためのメンタリングイベントを実施するものとする。

最後に、事業の実施内容について整理するとともに、事業の実施を通じて得られた課題や改善策をはじめとする効果的なスタートアップ支援方法に関する内容を本報告書として取りまとめる。

なお、報告書のうち、効果的なスタートアップ支援方法に関する改善提案については外部に公開し、今後同様の取組を行う支援機関等の参考にしてもらうことを想定している。

2-2. 個別メンタリング実施報告

2.1 テストメンタリング
2.1.1 A 氏へのメンタリング

(1) 支援対象者について
筑波大学大学院出身。インターフェース、ガジェット、センシングや信号処理といったことに興味を持っており、人の心を動かすようなものを作ることを目指している。

大学院修士1年生のとき、タッチセンサーに関するテーマで未踏事業に採択され、未踏スーパークリエータにも認定された。この技術は、身近にあるものを簡単にタッチセンサー型のリモコンにできたらどんなに楽しいだろうという発想からはじまっており、それをハード・ソフト両面で極めて高い完成度で仕上げている。

また、関連技術により情報処理学会の山下記念研究賞、ACMのUIST Best Paper Award等を受賞したほか、振動伝播特性を利用したいくつかの技術を発明している。

(2) 対象者の課題について
・在籍する大学院修了後に、大手企業に就職するか、保有するアイデアや技術を活かして起業するかという根本的な部分が定まっていない。
・これまで社会人として活動した経験がないため、基本的なビジネスマナーやビジネス実務に関する知識が不足している。
・起業 (法人設立) やその後の経営にあたって必要となる、法人登記や資金調達、事務所やWebサイトの開設、営業活動といった実務についても同様に知識や経験が不足している。
・優れた技術をベースにした起業にも関わらず、特許権や商標権といった知的財産権の重要性に関する意識が十分でなく、また、特許権に関する知識が不足しているために、特許出願前に発表して新規性を喪失させてしまっている技術がある (注:新規性を喪失した技術については特許権を獲得することができない。ただし例外規定あり)。

(3) 支援内容
ビジネス面に関する支援
未踏社団の近藤秀和が中心となって、就職するよりも高額な報酬が得られる可能性があることや自身の技術に関する権利を守れること、スタートアップによる資金調達のハードルが低下していることなど、このタイミングで起業することのメリットを説明したうえで、実際に起業する際に必要な法人登記、銀行口座開設、資本構成、資金調達、人脈紹介、補助金や助成金の活用、取引先開拓、事務や渉外なども含めた会社運営全般等に関するアドバイスとサポートを実施した。

また、社会人経験の不足を補うために、トーマツイノベーション株式会社の実施するビジネスマナー研修への参加を斡旋した。

法務・契約に関する支援
森・濱田松本法律事務所の弁護士である増島雅和氏が中心となって、法人設立、資本構成、運営等に関する法務面からのアドバイス、増資や本店移転等に伴う契約書や決議書面、議事録作成、登記申請といった手続に関するアドバイスとサポートを実施した。

知的財産権・特許出願に関する支援
IRD国際特許事務所の弁理士である谷川英和氏が中心となって、技術型の企業を経営していくためには特許権等の知的財産権が必須であることの意識づけと、知的財産権に関する基礎的な教育を行ったうえで、A氏が有していた2つの技術的アイデアを特許申請するために必要なアドバイスとサポートを実施した。

(4)支援結果
検討の結果、A氏は大手企業への就職ではなく起業することを選択し、未踏社団による各種支援を活用しながら法人設立を行うに至った。A氏自身も、登記や定款認証、銀行口座開設、オフィス選定、社労士・弁理士・弁護士等の紹介、事務処理等に関する支援は起業にあたりとても有用であったと答えている。

また、前述のとおり特許権に関する知識不足から、特許出願前に研究発表を行ってしまったことにより新規性を喪失していた自身の持つ技術に関して、谷川氏のアドバイスとサポートを受けて新規性喪失の例外規定の適用を受けて特許出願を行うことができた。

そうした反面、メンタリングを続けていく中で、メンターとの性格の違いや、事業に対するビジョン、技術や経営方針等に対する考え方の齟齬が明らかになったこともあり、起業には成功したものの、その後の事業化・収益化については必ずしも順調とは言い切れない結果となっている。

(5)総括
テストメンタリングということで手探りな部分が多く、延べ50時間以上を費やしてメンタリングを行ったが、様々な課題が見いだされる結果となった。

中でも最大のポイントとしては、スタートアップ支援の本質として求められるのは、本人の目指す方向性ややりたいことを聞き出したうえで、それがどうすればうまくいくのかを考えてサポートしていくことであるということである。

結果から見る限りは、A氏自身は技術に対するこだわりはあるものの、起業に対する意欲はそこまで強くなかったように思われ、メンターの情熱に引っ張られる形で起業に踏み切ったように感じられる。こうした点については、今後のメンタリングを行っていく中で特に注意すべきだと考えられる。

また、対面でのメンタリングではなく、オンライン・チャットを利用したメンタリングが中心となったが、短文をやりとりするチャットでは意思の疎通が難しく、A氏はその点についても不安に感じたようである。

それ以外の点については、情報通信関係のベンチャー企業は、他の技術分野のベンチャー企業と比較して知的財産権に対する意識が低く、事業を遂行するための知財面の準備が不足しているため、起業前や起業後の早い段階でそうした教育を行ったり、専門家への相談機会を設けたりすることが重要だと考えられる。

2.1.2 B氏へのメンタリング
(1)支援対象者について
公立はこだて未来大学大学院出身。工業デザインに興味を持っており、台湾国立交通大学大学院に半年間交換留学し、デザインやアートについて学んだ。

また、大学入学後すぐに聾者とともに応募した起業プランコンペにて300万円を獲得してNPO法人を設立したほか、手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げなど、聾者に関係する活動を数多く行っている。

大学院修士2年のとき、聴覚に頼らずに音を感じるインターフェースをテーマにして未踏事業に採択され、未踏スーパークリエータにも認定された。この技術は聾者だけではなく、イヤホンで音楽を聞きながらジョギングするなど、一時的に周囲の音がわからなくなっている人々 (仮想聾者) にも役立つものである。このほかにも学生時代に、日本デザイン学会学生プロポジションにてCreative Award、公立はこだて未来大学未来大賞を受賞している。

(2) 対象者の課題について
・B氏は大学院修了後に、大企業X社にデザイナーとして就職し、X社での業務と並行しながら、自身の開発したプロダクトを世に出すためにはどうしたらいいかについて模索していたが、その具体的な方法を見つけることができていなかった。

・開発したプロダクトは、前述の「仮想聾者」への展開以外は福祉機器に分類されるが、福祉機器の分野では起業してもビッグビジネスになりにくい。国際展開すればある程度の規模のビジネスになる可能性があるが、小さく起業した場合に国際展開がすぐに可能になるかどうかは不明である。

・X社には兼業禁止規程がないため、在籍したまま起業することもルール上は可能であったが、福祉機器の分野はX社の事業領域に入っていたため、競合する事業での起業と見なされてしまう。また、X社内で事業化することを会社関係者に相談したが、社内手続等に相当な時間が必要なことが判明したため、断念せざるを得なかった。

・プロダクトを事業化してくれる別の企業にライセンス供与する方法も検討したが、知的財産の権利処理がきちんと行われておらず、ライセンスとして売るものがないという状況であることが判明した。

(3)支援内容
未踏社団の竹内郁雄及び近藤秀和が中心となって、主として対面によるメンタリングを行ったが、前述のような課題を浮き彫りにし、B 氏が自分の置かれた状況を正しく理解できるようにするという作業が、メンタリングの大半を占めた。また、それに加えて、以下のようなアドバイスやサポートを行った。

・ライセンスとして売るものがない状況を少しでも改善するために、開発したプロダクトの商標登録だけでも早急に行うようにアドバイスした。

・商標、プログラム、CADデータといった何らかのライセンスフィーを対価とすることで、大手企業に事業化してもらうことが可能かもしれないという視点を提供するとともに、このような福祉機器に関心があり、国際的にも事業展開を行っているIT系の大手企業Y社に対して、その方針で交渉するための手順についてアドバイスとサポートを行った。

・Y社との交渉が思い通りにいかない可能性もあるため、X社がそれを受け入れるかどうかは別途考えなければならないものの、思い切ってX社からY社へ移籍することも視野に入れて検討したほうがよいというアドバイスを行った。

(4)支援結果
アドバイスを受けて検討した結果、B氏はX社からY社へ移籍することを決意し、その実現までには5カ月ほどかかったものの、2016年1 月にY社へと完全移籍した。なお、Y社においては彼のプロダクトの継続開発にかなりの予算が計上され、1~2年以内に正式発表に至る予定とのことである。

(5)総括
未踏事業を通じて、優れたIT人材の発掘・育成を行うことも重要だが、そこで生み出された成果が起業や事業化という形で世の中に出ればさらに素晴らしいことである。B氏の場合は起業にはつながらなかったが、成果の事業化、しかも国際市場に展開できる製品として開発が進んでいるという意味で大きな成功事例になった。

また、そこに至るまでのメンタリングの過程も、問題点の把握、対策のブレインストーミング、そしてメンターと支援対象者が一体となって問題解決にあたるといった流れでスムーズに進み、約10時間のメンタリングによりこうした成果につながったため、時間対効果、費用対効果も高かったと考えられる。

ちなみに、Y社による採用決定から実際の移籍までには長い時間が必要であったが、特にトラブルなく移籍できた理由としては、X社側に理解があったことや、B氏がX社在籍中に担当した製品デザイン業務を完遂させるなど、会社に理解を得られるような姿勢を見せていたことが大きかったと思われる。

課題点としては、多くの未踏クリエータと同様に、B氏も自身の知的財産に関する意識が十分でなかったために、ライセンスを利用した事業化を断念せざるを得ない事態となっており、こうした知財戦略の必要性をしっかりと指導する必要があることを改めて強く感じる結果となった。

なお、今回のメンタリングにおいては、一部の例外を除いて、2~3名のメンターが同時にアドバイスを行う形式を採用した。こうした形式を取り入れたことにより、いろいろな視点でのアドバイスを同時に得ることができ、B氏の自己理解も深化したように思われたため、後述する「複数メンター制」がうまく行きそうであるという心証を得ることができた。

2.2 本メンタリング
2.2.1 C氏へのメンタリング

(1)支援対象者について
コンピュータサイエンスで博士号を取得するなど高度な専門知識を有しており、ハードウェア、回路設計やマイコンプログラミングなどに対する造詣が深い。また、海外で教育を受けた経験があるため高い英語力を有している。そして、未踏事業の採択者であり、未踏スーパークリエータ認定を受けている。

過去にベンチャー企業を起業したが、うまくビジネス化できず、あきらめて企業へと就職した経験を持つ。その後の就職先では、語学力と専門知識を活かして、海外事業、ソリューション開発、BtoB事業の責任者などを務め、一流の技術者・ビジネスパーソンとして評価されていると同時に、業務外の時間に技術開発を続けており、ハードウェア開発で収益をあげたこともある。

(2)対象者の課題について
・高い技術力を有しているが、過去に一度起業して失敗しているなど、ビジネス面については十分な知識があるとは言えない。
・一般企業で会社員として勤務しており、昇進によってマネジメント職になったこともあって、自ら技術に触れられる時間が減少してしまった。
・技術に触れるための時間を確保するためには起業や転職、現在の勤務先に対して待遇改善を要求するなど様々な選択肢が考えられるが、本人の中で目指す方向が定まっていない。

(3) 支援内容
チームビルド
C氏は未踏社団が開催するイベントなどにおいて、D氏及びE氏と意見交換を行ったことをきっかけに、チームとして共同発明を行うこととなった。チームメンバーであるD氏も未踏事業の採択者であり、他の採択者と共同でハードウェアベンチャーを起業し、上場企業と協力して自身の発明に基づいた製品を開発・販売している。

彼はC氏の有する技術の買い手として有望そうな大手企業やマーケットについての情報を提供するとともに、マーケットニーズの視点から上記共同発明をブラッシュアップし、起業した場合のマネタイズの可能性を高めることに寄与した。

また、D氏は自身がハードウェアベンチャーを起業した際にも協業した、技術の買い手とのネットワークを有するF氏にこの技術を紹介した。F氏はすでに2社の見込顧客企業の紹介を行うなど、事業化にあたっては、収益の確保に大きく寄与する見込みである。

もう1人のチームメンバーであるE氏も未踏事業の採択者及び未踏スーパークリエータであり、理学博士としてソフトウェアベンダーの研究開発部門に籍を置く研究者である。それと同時に、技術経営学修士(MOT)でイノベーション論を専攻し、知的財産権管理技能士の国家資格を持つなど知財に関する知識も豊富な人物である。

E氏からは、発明を特許で保護するためのノウハウがチームにもたらされた。例えば、米国へ直接出願を行う場合と、特許協力条約(PCT) に基づく国際特許出願を行ったうえで米国内に移行する場合の違いについてや、小規模事業者の手数料減免や国際出願促進交付金といった費用削減手法、早期審査請求やスーパー早期審査制度の存在、要件などに関する情報が提供されたことで、戦略的に知財を活用することが可能になった。

また、E氏は自身のビジネスによって潤沢な手元資金を保有しており、本発明の知的財産権取得や登記などにかかる費用は、E氏からのつなぎ融資で賄われている。なお、D氏がハードウェアベンチャーを創業した際にも、創業期に試作機を作成するための一時資金を、E氏によるつなぎ融資で賄ったことがある。

特許出願
D氏は、発明の買い手として米国企業の目星をつけていたため、米国での特許権を得ることが重要であることをチームメンバーに共有していた。その一方で、まだ C氏が日本の企業で勤務している状況では、日本国内での営業活動が中心となるため、日本国内での特許権もまた重要であった。

そこでE氏はPCT出願からの日本国内移行という方法を選択した。このことにより、日本語でのPCT国際特許出願によってPCT加盟国全体での出願日を確定し、先出願者としての地位を確保しつつ、実際の英文明細書や米国特許の審査料の支払いは米国国内移行のタイミングまで遅らせることができる。

こうした手続を行うことで、国際特許出願済みと説明することができるだけでなく、秘密保持契約(NDA)を締結することなくデモを見せることができるなど、営業活動をスムーズに行うことができるようになった (注:通常はNDAを締結せずにデモを見せると、特許の要件である新規性を満たさなくなる恐れがあるが、本件では既に出願済みであるため、新規性の喪失を避けるためのコストが不要となる)。

また、同時に早期審査及びスーパー早期審査の請求も行った。早期審査を申請した場合の平均審査期間は約1.9カ月、平均審理期間は3.3 カ月である (特許庁資料による。2012年実績)。

そして、スーパー早期審査請求は2009年から国内移行出願に使えるようになった制度であり、早期に権利化したいニーズに応えるため、通常の早期審査よりもさらに早期に審査を行うという、特許庁が試行中の制度である。

複数メンター制によるメンタリング
テストメンタリングによって、1人の専属メンターによるメンタリングには課題があることが判明していたことと、前述のとおり、本人の目指す方向性が定まっておらず、ピンポイントで適切なメンターを選択することが難しい状況であったため、複数のメンターからなるチームによるメンタリングを実施することとした。

具体的には、制約の緩いテーマを設けて合宿形式で自由に議論を行う場を設定したうえで、メンター及び支援対象者に参加してもらう形とした。C氏とすでに面識のある参加者が過半数であり、最大でも2ホップ (知人の知人) であったため、メンターとの信頼関係の構築といったステップを省略して、効率的に質の高いコミュニケーションを行うことができた。

C氏に対するおもなメンタリング内容は以下のとおりである。

・中国の深セン市におけるハードウェアの量産経験を持つ矢萩寛人氏が、ハードウェアを量産するための具体的なノウハウや、自分がつまずいた点、気をつけるべき点、どのような製品を作るためにどの程度の費用が必要かといった、経験に基づくアドバイスを行った。また、矢萩氏は米国における起業及び米国企業での勤務経験もあるため、米国での働き方に関する情報提供も行われた。

・同じく米国における起業経験及びそのExit経験がある曾川景介氏が、米国での起業に関するノウハウや、納税などにかかる手間と費用といった情報を提供するとともに、事業化に向けて誰に話を聞きに行くべきかといった有用なアドバイスを行った。

・タッチパネルの専門家であるメンターa氏との間では、C氏が開発していたデバイスについて、現時点での技術的な制約やその回避方法、どこまでの小型化が可能かといった高度な技術面に関するディスカッションが行われた。

・W3Cにおける標準化プロセスに関わっているメンターb氏が、C氏が開発中のデバイスに関連して、今後W3C標準に入ってくる予定である規格に関する情報提供を行うなど、数年先を見越したビジネスモデル作成に寄与するようなアドバイスを行った。

(4) 支援結果
C氏は、メンターからのアドバイスを参考にしながら、E氏の協力を得て、自身が開発したハードウェア関連技術について PCT出願により国際的な権利を確保したうえで、その技術のマネタイズに関するアイデアを持つD氏と共同で米国デラウェアでの法人設立を検討するに至った。デラウェアにおいて法人設立を検討するのは、米国における資金調達や米国企業への法人売却を容易にするためである。

なお、現在設立準備中の上記米国法人は、その技術を用いた製品を製造、販売することを目的としたものではなく、発明者から再ライセンス可能な形で知的財産権のライセンスを受け、他社に再ライセンスすることで収益を上げる形態を想定している。メンターとの議論を通じて、高いイニシャルコストを払って製品を製造して在庫リスクを抱えるよりも、知的財産権を確保したうえで他社のビジネスに再ライセンスする形のほうが望ましいと判断したためでである。

また、知的財産権を法人所有としない設計にしているのは、技術の発明に貢献していない人間が知的財産権を保有する法人の一部権利を得ることになった場合、法人解散後に知的財産権が共同所有となってしまい、発明者単独による特許の使用が困難になる可能性を危惧したためである。

曾川氏をはじめとする、起業経験を有する複数のメンターが、安易な法人設立ではなく、顧客の確保とプロダクトの造り込みを最優先するように薦めたこともあり、C氏は、2015年末に知的財産権の出願が完了したあと、年始より起業準備活動の一環として顧客に対するニーズヒアリングを開始したばかりである。しかしながら、活動開始からわずか1カ月弱で上場企業3社から技術デモ依頼を受けるなど順調に推移しており、法人設立実行が間近に迫っていることが予想される。

未踏社団としても、同法人の設立が完了し、事業が成功するように長期的にメンタリングを継続していきたいと考えている。

(5)総括
当初は目指す方向性すらはっきりしていなかったC氏に、一度は失敗した起業というキャリアを再検討させるに至ったのは、チームによるメンタリングが、予想以上に高い効果を発揮したためと考えられる。

限られた時間でありながら、それぞれのメンターによるメンタリングの目的が明確であり、非常に時間対効果も高かった。また、緩やかなテーマに基づく合宿という議論が深まりやすい状況設定や、2ホップ以内の参加者を集めたことにより信頼関係の醸成がスピーディに行われたことも、こうした結果に寄与していると考えられる。

「メンタリング」という言葉からは、教師と生徒のような一方通行の学びの形をイメージするかもしれない。しかしながら、近年では教育現場においても、生徒同士がお互いに教えあうという教育方法が模索されており、今回のメンタリングにおいても、「教える側」と「教わる側」という区別なく、互いに教えあうという行為が行われた。

C氏自身も、自分の持つ回路設計の知識を他の複数の参加者に教えるなど、「一方的に学ぶ存在」ではなく「教え、教わる存在」であった。こうした方法が効果を発揮したことから、「メンター」と「支援対象者」を分けて考えるのではなく、互いに教えあう場を作り出すことが、今後もスタートアップ支援に関するメンタリング事業を行っていくうえで、有効に機能するのではないかと考えられる。

また、今回はすべてのメンターにボランティアで協力していただいたが、そうしたことが可能になったのも、一方的に教える立場ではなく、メンター側にも得るものがあったからだと思われ、まさにメンタリングのお手本と言える事例となった。

なお、知的財産権を活用したビジネスにおいては特に、発明の有効活用と素早い意思決定のために、不必要に知的財産権を共同所有の形にしないことが重要であるということも知見として付け加えておきたい。

2.2.2 メンタリング道場におけるメンタリング

(1)支援対象者について
参加者10人は全員が未踏事業のOBであり、仮想化技術を活かした新しいタイプのストレージソリューションサービス、翻訳APIと自動組版を使用して技術書の原書が更新されたらWebサイトと電子書籍が更新・出版される継続的翻訳システム、開発者向け決済APIサービス、Web上の記事をもとにしてニュース動画を自動作成するシステム、音楽アプリの開発、タッチパネルに特殊な信号を入力する仕組みにより無限IDを付与可能とするサービス、Webサービス開発・企画やデータマイニング事業など、それぞれ分野は異なるものの、すでに起業している、もしくは近い将来に起業を検討しているという共通点を有している。

(2)対象者の課題について
対象者によって多少の濃淡の違いはあるものの、共通して以下のような課題を抱えていた。

・自身の持つ技術やプロダクトをビジネス化するためにはどうしたらいいのかが、明確になっていない。また、そのためにどういったパートナーを探し、協力関係を築く必要があるのかについて悩んでいる。

・投資を受けるタイミングを、どう考えればよいかがわからない。

・資金調達にあたって、どのようなベンチャーキャピタル(VC)やエンジェル投資家を選べばいいのか、そしてその後の付き合い方をどうすればいいのか。

・M&Aなどの最終的なExitに関して、どのように考えておけばよいのか。

(3)支援内容

講演を通じたアドバイス
株式会社ミクシィの前代表取締役社長であり、現在はスタンフォード大学の客員研究員を務める朝倉祐介氏をメンター役として、好調だったサービスが競合の参入や成功体験のマイナス面などによってサービス力が低下した際に、そのサービス自体ではなく、経営と事業に対してどのように新たな価値を生み出すかに注力し、その結果として、新規事業の創出と不振事業の売却、事業買収の成功などにより黒字転換を成し遂げたという実体験を通じて、目指す目標に対してどのように課題を設定し、どんな組織風土を作り上げるかの重要性について講演を行った。

また、事業の売却と投資の事例を通じて、事業における損益計算書(PL)と貸借対照表(BS)の考え方に関してもアドバイスを行った。

Q&Aセッションを通じたアドバイス
参加者とのQ&Aセッションを通じて、主として以下のようなアドバイスが行われた。

・革新的な技術開発に比べると、経営というのはそれほど難しいことではなく、優秀なエンジニアであれば問題なくできるはずである。ただし、パートナーの意見にきちんと耳を傾けたうえで、最終的に自分の意志で決定することと、やりきることが重要である。逆に一番よくないのは、どこどこのベンチャーがやっているから自分もやるというような、周りを見て判断することである。

・経営が得意なパートナーと組むことも選択肢のひとつだが、現実には真のプロ経営者というのは少ないため、CFOを見つければ彼らが何とかしてくれると考えるのではなく、自分でやってみることにより自分自身を成長させていく必要がある。なお、人材採用に関して言うと、CFOを探すよりも、優秀なエンジニアをどれだけ採用できるかのほうが重要である。

・VCやエンジェル投資家は、資金を出してくれるだけでなく、アドバイスもしてくれるありがたい存在だが、そこにあまり期待しすぎてもいけない。VCの最大の利点は営業先を教えてくれることなので、自分の手がける事業と相性の良いVCを選び、要望や相談は遠慮なく行うべきである。自身のファイナンスの知識不足を感じるかもしれないが、最初からファイナンスの知識がある起業家などほとんどいないので気にする必要はない。

・マスコミなどでは資金調達額の大きさがフォーカスされることが多いが、基本的には自己資金の範囲内でやるべきである。そのほうが出資者の意向に左右されずにやりたいことができるし、失敗したときのダメージも少なく、また、自分自身の成長にもつながる。

・未踏事業のOB・OGネットワークもぜひ有効活用すべきであり、特に資金調達経験もある人の話を聞くことは参考になる。また、弁護士にも必ず相談すべきである。

(4)総括
メンタリング道場という初の試みは、当初予定していた 2時間を大幅に超えて 3時間半に及び、そのあと場所を移動してさらに1時間の非公式なメンタリングも行われるなど大変盛況であった。

また、メンターである朝倉氏だけでなく、10名の支援対象者 (参加者) もすべて起業経験者もしくは起業検討中であったため、一方的な情報の伝達ではなく、双方向の意見交換が非常に活発に行われたが、これはバックグラウンドやレベル感もバラバラの多人数を対象とする講演会形式では難しかったと考えられる。

2-3. イベント実施報告

3.1 未踏研究会キックオフ (交流会)
3.1.1 実施概要

日時:2015年8月4日 (火) 20:30~22:00
場所:村役場 秋葉原店 (東京都千代田区神田佐久間町1-14第二東ビル B1F)
参加人数:25人

3.1.2 実施結果
同日開催の未踏研究会キックオフ終了後に、未踏クリエータを中心とした交流会を実施した。交流会では、起業したばかりの未踏クリエータに対して、先輩起業家である複数の未踏事業OBから、資本政策に関するアドバイスや、実施されているテストメンタリングに関する第三者的な視点からの意見提供などが行われた。

また、起業もしくはベンチャー企業に所属している未踏クリエータと、大企業に所属している未踏クリエータとの間では、それぞれの業界の転職事情や人材交流の可能性について、そしてそのきっかけとなる勉強会の位置づけなどに関する意見交換が行われた。

3.2 未踏社団合宿
3.2.1 実施概要

日程 : 2015年11月27日(金)~29日(日)
場所 : 晴海グランドホテル内 会議室ほか (東京都中央区晴海3-8-1)
参加人数:12人

3.2.2 実施結果
①事業の一環として行われた開発合宿「未踏社団合宿」の夜の時間帯を中心として、制約の緩いテーマに基づき、メンター及び支援対象者に自由に議論を行ってもらう場を設定することで、複数のメンターによる相互メンタリングを行うイベントを実施した。

初日は金曜日であったため、仕事終わりに徐々に集まる感じとなったが、夜遅くまで情報交換や議論が行われた。2日目は朝食会場から議論がはじまり、海外の状況や日本のベンチャーを取り巻くエコシステムの現状に関する情報提供が行われたほか、海外での起業を検討している参加者に対して、その経験のあるOBがメンタリングを行うなど、深夜に至るまで深く濃いコミュニケーションの場となった。そして、3日目も朝から議論が盛り上がり、米国やカナダのビザ事情など様々な情報交換が行われた。

今回の中心となる支援対象者は前述のC氏であったが、C氏を含めた参加者もそれぞれの知識や経験をもとにお互いにアドバイスや意見を出し合う雰囲気となっており、「メンター」と「支援対象者」という一方的な関係にとどまらない、今後のスタートアップ支援に関するメンタリング事業の方向性を指し示すイベントとなった。

3.3 未踏研究会#2 (未踏忘年会)
3.3.1 実施概要

日時:2015年12月13日(日) 19:00~21:00
場所:サイボウズ東京オフィス内ラウンジ(東京都中央区日本橋2-7-1 東京日本橋タワー27F)

3.3.2 実施結果
同日開催の未踏研究会#2 終了後に、未踏クリエータやU-22プログラミングコンテスト関係者を中心とした交流会 (未踏忘年会) を実施した。

交流会では、起業した複数の未踏クリエータに対して、先輩起業家である未踏事業OB・OGから、資金調達や製品戦略、今後のキャリアプランなどに関するアドバイスやメンタリングが同時並行的に数多く行われた。

また、LT(ライトニングトーク)として、複数の未踏クリエータや企業から発表があり、未踏人材への支援情報や求人情報、また未踏人材による求職情報などの提供が行われた。

3.4 メンタリング道場#1
3.4.1 実施概要
日時:2016年1月19日(火) 17:00~20:30
場所:サイボウズ東京オフィス内 会議室 Helsinki (東京都中央区日本橋 2-7-1 東京日本)
講師:朝倉祐介 (スタンフォード大学 客員研究員 / 前株式会社ミクシィ代表取締役社長)
参加人数:10人

3.4.2 実施結果
メンター及び支援対象者である参加者が、ぞれぞれプレゼンテーションを行ったのち、双方向で意見交換を行うメンタリングイベント「メンタリング道場」を実施した。

参加者はストレージソリューション事業や継続的翻訳システム、開発者向けAPI、IoT、アプリビジネスなどの分野においてすでに起業している、もしくは近い将来に起業を目指している未踏事業のOBである10人であり、当日は、参加者の自己紹介と各自が行っている事業に関する3分間プレゼンテ―ション、それを受けてのメンターである朝倉氏による講演、Q&A、意見交換という構成で進行した。

今回の中心となるメンター朝倉氏は、中学卒業後に競馬の騎手を目指して豪州に渡ったが、身長が伸びすぎて断念し、その後、大検を受けて東京大学法学部に入学、卒業後はマッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、学生時代に起業したネイキッドテクノロジーに復帰し、同社の株式会社ミクシィへの売却に伴ってミクシィに転籍、そしてわずか2年で代表取締役社長に抜擢されるなど、異色の経歴を持っており、起業や事業化について豊富な知識と経験を有している。

大手企業の変革と事業再生を成功させた朝倉氏が語る、経営の立て直しに関する話は、強靭な精神力と判断力を感じさせるものであり、特に経営課題や目標設定、それを実現させるための行動力・推進力、苦境を乗り切るためのノウハウは、参加者の起業や事業化に対する意欲を駆り立てるものであった。

朝倉氏が実践してきた経営手法やノウハウ、知識と経験に基づくアドバイスに、参加者たちは真剣に聞き入るとともに、熱い議論が交わされ、熱心にメモを取る姿も見られた。

2-4. メンタリングにおける課題整理と改善提案

4.1 メンタリングにおける課題点の整理
4.1.1 メンターの人選に関する課題

(1)メンターとの相性問題
メンタリングにおいては、起業希望者・新米起業家 (以下「支援対象者」と表記) がこの人に教えを請いたいという要望やモチベーションがあって、はじめてその助言が有効に作用することとなる。

逆に、こうしたモチベーションがないままに外部からメンターとのマッチングを行ってもうまくいかないものである。また、これ以外でも、実際にメンタリングを受けているうちに合わないことが発覚するケースや、支援対象者自身の成長により異なるタイプのメンターを必要とするようになるケースなども考えられる。

今回の事例においては、当初は支援対象者側にこのようなモチベーションがあったと推察されるが、進めていくうちに合わないと感じるようになっていったようである。しかしながら、メンターが共同創業者であり、メンターを変更することが困難であったために、合わないと感じながらもそのメンタリングを受け続けるという状態に陥ってしまった。

(2)利害関係者がメンターを務めることの功罪
今回の事例では、支援対象者が設立した企業の共同創業者が主となるメンターを務めた。メンター自身の資質や能力とは関係のない次元の話として、こうした利害関係者がメンターとなったことにより、支援対象者とメンターとの関係が固定化されることになり、メンターの影響力が必要以上に大きくなるだけでなく、前述のように支援対象者との相性など何らかの問題が発覚した際に、メンターを途中で交代させることが難しいという問題点が明らかになった。

こうした利害関係者がメンターとなることにより、支援対象者の行う事業に対して責任を持ってもらえるという意味では一定のメリットもあると考えられる。しかしながら、それはある程度事業が軌道に乗ってからの話であり、今回は直接の利害関係者がメンターになるにはタイミングが早すぎたのではないか。

(3) 成功体験をもとにした我流の助言内容
今回の事例においては、先輩起業家がメンターを務めたが、起業経験があるからと言ってすべてのノウハウを有しているわけではなく、分野によっては成功体験をもとにした我流の助言になってしまうケースも見られた。

その一方で、弁護士や弁理士といった専門家を補助的にメンターとしてつけたケースでは、支援対象者からも非常に有意義であったとのコメントが上がっており、資金調達、人材調達、契約、会計知識といった専門分野に関しては、未踏事業 OB・OG 以外の外部専門家によるメンター (以下「専門アドバイザー」と表記) を活用していくことが必要だと考えられる。

4.1.2 メンタリング方法に関する課題

(1)1対1のメンタリングによる主体性の低下
今回の事例では、支援対象者に対して1人の専属メンターが対応する1対1の対話型によるメンタリング手法を用いた。その場合、主となるメンターは1人であり、支援対象者にとってその助言以外の選択肢が用意されていなかったため、選択の自由がなく、本人の主体性が失われただけでなく、心理的に追い詰めてしまう結果となった。

本来であれば、メンターからの助言をもとに支援対象者が主体的に判断するということが必要だが、1対1ではメンターの意見と異なる判断を下すことが心理的にも困難である。特に今回の事例では、その1人のメンターが利害関係者でもあったため、特にその影響が顕著に出たものと考えられる。

(2)コミュニケーションの密室化による弊害
同様に1対1の対話型ではコミュニケーションが密室化するため、場の透明性が低下し、メンタリングの過程において何か問題が発生した際に事務局側で異変に気づくことができず、問題発見の遅れにつながるという課題が見出された。

(3)実務面におけるサポートとの混同
今回の事例においては、特に専門アドバイザーによる支援にあたって、メンタリングと実際の業務サポートが混ざっているケースが多く見られた。メンタリングとはあくまでも助言や提案を行ってもらうことであり、業務そのものを行ってもらう業務委託とは分けて考える必要がある。

業務委託の場合は、支援対象者がクライアントでメンター (専門アドバイザー) が受託者となってしまうため、受託者としてクライアントの意思に沿った発言を行ってしまうケースが多く、自由な立場からの助言にならないという問題点がある。

(4)必要以上に時間やお金を費やすことの欠点
今回の事例においては、メンターと支援対象者が共同創業者であったこともあって、メンタリングに延べ50時間以上を費やし、事務局人件費や専門アドバイザーへの謝金という形で十分な費用をかけたが、両者の目的意識に齟齬があったこともあり、最終的に十分な成果が得られたとは言い難い結果となった。

その一方で、その後に実施したメンタリングの事例では、メンタリング時間が10時間未満と短く、それに伴い費用負担も少なかったにもかかわらず、支援対象者の満足度は高く、大企業に移籍しての事業化や起業など、目に見える形での成果も生まれている。

このことから、メンタリング時間が短く、お金をかけないほうが成果に結びつきやすいと短絡的に考えることは適当ではないが、少なくとも、メンタリングに要した時間や費用とその効果には強い相関はないように思われる。

効果に影響を与えるのは費やした時間や費用ではなく、メンターと支援対象者との間に強い共感が生まれるかどうかであり、それが結果的に最良のメンタリングになっていると考えられるからである。

どのようにすればそうした共感が生み出されるかについては、今後さらに経験を蓄積していく必要があるが、ある程度の時間と費用をかけても成果に結びつかない場合には、さらに時間をかけて解決しようとするのではなく、メンターの交代やメンタリング方法を変化させてみるといった工夫が必要だと考えられる。

(5) オンラインによる意思疎通の難しさ
今回の事例においては、メンター及び支援対象者双方がIT関係のバックグラウンドを持ち、普段からオンラインツールを使い慣れていたこともあって、アドバイスや意見交換などの大半を、対面ではなくオンライン・チャットを中心として行った。

しかしながら、短文をやりとりするチャットでは微妙なニュアンスを伝えることが難しく、意思の疎通に時間がかかったり、相互の意識がずれたまま会話が進行したりと、かえって時間効率が悪化するという側面も見られた。

オンラインツールを活用することで、時間や場所を問わずにコミュニケーションをとることができるというメリットは大きいが、単なる指示、質問への回答といった単純なやり取りだけならともかく、より多くの情報量が求められるメンタリングの場では、使いどころを考えることが必要であろう。

4.2 今後に向けた改善策の提案
4.2.1 メンターの人選について

(1)バラエティに富んだメンター候補の選出
支援対象者によって必要とする助言内容や相性のいいタイプが異なるため、事務局としては、起業経験を有する未踏事業OB・OGを中心として、得意分野や経験、タイプ等が異なるバラエティに富んだメンター候補者をリストアップすることが必要となる。

また、起業や経営に関する意思決定については先輩起業家の助言が参考となるが、専門分野における技術的な問題に関しては、起業経験者によるメンターだけでなく、弁護士や公認会計士、社会保険労務士といった専門アドバイザーを活用することが効果的だと考えられるため、こうした人材もメンター候補者として加えておきたい。

(2)多対多のマッチングシーンの創出
多くのメンター候補者をリストアップしたうえで、支援対象者がその中から自身の課題や相性等を考慮して、複数名のメンターを選択できるような仕組みを作ることが有効だと考えられる。

メンターとの相性を判断するためには、ある程度のコミュニケーションをとるための時間が必要となるが、1人の支援対象者のために多くのメンター候補者に個別に時間を割いてもらうことは現実的ではないため、例えば交流会等のイベントの機会に複数の支援対象者とメンター候補者に参加してもらって会話する時間を設けるなど、支援対象者とメンター候補者との多対多のマッチングシーンを創出してはどうだろうか。

(3)事務局によるメンター提案
事務局による支援の一環として、支援対象者に対するヒアリング等を通じて本人の課題や弱点を見極めたうえで、必要だと思われるメンター候補者を提案するようなサポートができるとより効果的である。なお、事務局が行うのはあくまでも提案であり、最終的にそのメンター候補者をメンターとするかどうかは支援対象者が判断することとなる。

4.2.2 メンタリング方法について
(1)複数メンター制の導入
今回の事例において実施した、1人の支援対象者に対して1人の専属のメンターが対応する1対1のメンタリング手法は、セカンドオピニオンが存在せず本人の主体性が低下することや心理的な圧力を感じやすいことなど、結果としていくつかの課題があることが判明した。

そのため、前述の多対多のマッチングシーンを通じて、支援対象者に複数名のメンターを選んでもらい、それぞれの立場から助言を受けたうえで、最終的に支援対象者本人が判断を行うという複数メンター制を導入することを検討したい。複数メンター制を導入することにより、自身の課題について様々な立場や経験を踏まえた意見を得ることができ、問題を多面的にとらえたうえで判断を下すことができるようになると期待される。

(2)中間チェックによる透明性の確保
毎月1回程度の頻度で、事務局による支援対象者の面談を行い、メンタリングの進捗状況をヒアリングするとともに、メンターとの関係や自身の課題について問題が生じていないかどうかをチェックする仕組みを設けることが必要だと考えられる。こうした中間チェックを通じて問題を早期に発見することで、スムーズな軌道修正を図ることが可能になる。

(3)成長に応じたメンターの入れ替え
支援対象者自身や手がける事業の成長に伴って、メンタリング開始当初とは抱える課題が変わってくることが一般的であり、それにつれて必要とするメンターの種類も変化することが考えられる。

そのため、数カ月から半年に1回程度の割合で、セミナーや交流会のような再び多対多で他のメンター候補者と出会うシーンを設定し、支援対象者自身が現在の課題を見つめなおしたうえで、必要であればメンターの入れ替えを図ることができる仕組みを設けることを検討してみてはどうか。

なお、前述の中間チェックにおいてこうした問題が発覚した場合には、多対多のマッチングイベントまで待たずに、事務局として適切なメンターへの入れ替えを提案することが望ましい。

4.3 メンタリングを軸としたベンチャーエコシステムについて
未踏事業の現役参加者や終了後間もない参加者を支援対象者として、経験豊富な未踏事業OB・OGを中心とした未踏メンターズや専門アドバイザーが様々な助言やサポートを行っていくことで、支援対象者のスムーズな起業やビジネス化を助けることができるだけでなく、彼らにこうした経験を積ませることで、駆け出しの若手人材から経験豊富な未踏事業OB・OGへと成長させることができる。

成長した支援対象者は、今度は自身の経験も活かしてメンターとしてサポートを行う側に回り、後進たちの起業やビジネス化を推進していくとともに、メンタリングを通じて異なる世代の未踏事業関係者との人的ネットワークを構築することができる。

将来的には、こうした循環により未踏事業を通じた起業やビジネス化が促進されるような、日本における新たなスタートアップ支援モデルとなることを目指す。

 

3. スタートアップ支援のまとめ

スタートアップ支援は、今後の日本の経済成長に欠かせない重要な施策です。世界中のプログラマーが参加するプログラミンテストでは、いつも上位に食い込む日本ですが、GAFMのような企業は誕生しません。

その流れをどう変えることができるのかが、注目されています。