ラピダスは、2022年8月に設立された千代田区に本社を置く半導体メーカーです。ラピダスが製造する半導体は、開発競争の最前線である2ナノ半導体です。
日本が現在国内で作れる半導体は、40ナノ世代までです。この40ナノの半導体は、主に家電製品などに使われています。しかし、次世代品開発の主戦場は2ナノ半導体に移っています。
今、世界では、欧米や中国、インドなどが“戦略物資”と化した半導体への巨額投資を進めています。その大きな理由は、AI(人工知能)やEVといった技術革新です。
例えばChat GPTは、生成AIブームを引き起こしています。最先端半導体は、これからのデジタル社会の「頭脳」として欠かせない存在です。
2023年11月10日、今年度の補正予算案で、半導体基金に1.9兆円盛り込む予定です。その中には、ラピダスへの支援などに充てる基金に約6500億円を計上します。
本記事では、未来の日本の産業競争力を左右するラピダスについて、解説します。
Contents
1. 半導体の性能が製品に与える影響とは?

iPhoneで使われている心臓部のチップは台湾のTSMCの半導体といわれている(※画像はアップルの公式サイトより)
1-1. iPhone15の半導体は台湾製
半導体は、実際の私達の生活にどんな影響を与えているのでしょうか。例えば日本で人気のスマートフォン、iPhone。2023年9月下旬、その最新版iPhone15が発売されました。
その大きな特徴は、チタニウム採用による高級感溢れる仕上がりだけではありません。4倍になった解像度、最大20時間のバッテリー性能、Pro Maxで最大29時間のビデオ再生など、機能が大幅に向上しています。
これらを実現しているのは、心臓部のチップに使われている最先端半導体です。つまり半導体の処理能力の向上は、製品の機能向上につながり、商品の魅力もアップします。また、軽量化や省エネ効果もあります。
1-2. 電気自働車に欠かせないパワー半導体
自動車の世界では、EV(電気自動車)の開発競争が激しさを増しています。そしてその性能を左右するのが、パワー半導体です。
パワー半導体の特徴は、従来の半導体と比べると高い電圧や大きな電流を扱えることです。人間の体に例えると、CPUなどの集積回路が頭脳、カメラのセンサーは目、そしてパワー半導体は筋肉に該当します。
通常の半導体からパワー半導体に代わることで、電気自動車は燃費が良くなり、軽量化が図れ、コストも安くなります。
このようなメリットを持つパワー半導体は、電気自動車だけでなく、家電や産業機器など幅広い分野のニーズがあります。近年は、化合物半導体と呼ばれる次世代パワー半導体の研究が注目されています。これは、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などの素材を使ったものです。
2. ラピダスが誕生した背景について
2-1. 米中貿易摩擦の最前線半導体
米中貿易摩擦の発端は、2015年に中国が発表した「中国製造2025」です。この10分野の中の一つに半導体を入れたことが、米国を刺激しました。しかも、その後に半導体不足という事態が発生しました。
そして2022年10月、バイデン政権は大型の対中半導体輸出規制を発表しました。また米国政府は、日本政府とオランダ政府に対中規制の協力を求めました。
例えば三菱UFJモルガン・スタンレー証券の最新の調査では、2022年の本社別地域・国別シェアは米国が50%、日本が23%、欧州が21%、中国および韓国がそれぞれ3%前後です。つまり、半導体製造装置市場で、米国と日本と欧州で94%を占めています。
また欧州の中でも、オランダの半導体装置メーカーASMLは、チップ製造に不可欠な半導体露光装置を製造しています。しかも世界のチップの85%は、ASMLの製品を使って作られています。
つまり、スマートフォンやラップトップの製品に使われるチップは、全てASMLの機械で作られています。これが、「ASMLが一時停止したら、iPhoneの新製品は出せない」といわれる由縁です。
半導体は「産業のコメ」であるだけでなく、「戦略的重要物資」になりました。戦闘機やミサイル、戦車には多くの半導体が使われています。また核兵器や超音速ミサイルなどの最新兵器には、人工知能が採用されています。これらの技術を可能にしているのが、先端半導体です。そのサプライチェーンの重要起点を西側諸国が握っており、争奪戦が展開されています。
2-2. 米国下院の中国特別委員会の動き
2-2-1. 技術規制から資本規制へ
2023年11月17日のYouTube『デイリーWill』では、半導体戦争の裏側について報じていました。経済安全保障アナリストの平井宏治氏は、世界の「知能化戦争」を指摘しています。
これは、「AIを制するものは覇権を制する」というものです。従来は、技術の流れの規制でした。しかし今アメリカは、資金の流れの規制に動き出しています。この規制対象の舞台になるのが、ベンチャーキャピタルです。
2-2-2. 中国投資の4ベンチャーキャピタルに送った書簡の中身
2023年夏、米国下院の中国特別委員会が4つの米ベンチャーキャピタルに書簡を送りました。
その中身は、「過去に投資した半導体、人工知能、量子コンピュータを扱う中国企業の名前と投資額、内容、中国共産党との関係を、書面で回答せよ」というものです。
この背景には、アメリカの国家安全保障上問題がある中国投資を規制する法案の動きがあります。具体的には、2024年度国防権限法修正案に反映される予定です。
2-2-3. 書簡を送られた4つのベンチャーキャピタルとは
米国下院の中国特別委員会が書簡を送ったベンチャーキャピタルは、以下です。
◆GGV Capital/2000年設立。2005年Jenny Leeは上海オフィス設立。ByteDance、メグビーなどに投資
◆GSRベンチャー/2004年設立。管理資産は37億ドル、中国のAI企業に33件投資している
◆ウォールデン ベンチャー キャピタル/1974年、アート ベルリンナー、ジョージ サーロが設立。SMICにも投資
◆クアルコム・ベンチャーズ/ウィグル人の顔認証のセンスタイム、デンリン・テクノロジーに投資
2-3. 米規制強化前に大量に半導体確保
2023年11月10日、ブルームバーグは中国AI企業零一万物(01.AI)の最先端半導体の大量購入を報じました。これは、米政府の対中輸出規制強化前に、エヌビディアの最先端半導体を1年半分購入したというものです。
零一万物は、「Yi-34B」と呼ばれるオープンソースの大規模言語モデル(LLM)を発表したばかりです。今年に創業された零一万物は、8ヶ月足らずでその企業価値は1,500億円と評価されています。
2-3. 旧知のIBM幹部からの1本の電話がラピダス誕生の起点に
2020年東京エレクトロンの元社長の東哲郎氏に、米IBM幹部ジョン・ケリー氏から1本の電話が入りました。その中身は、「2ナノの最先端半導体開発の目途がついたので、日本で製造できないか」というものです。ちなみに米IBMは、半導体技術の開発のみを行い、量産は行っていません。
狙いは、2つありました。一つは、自社のライセンスの供与先を作ることです。もう一つは、量産化が成功すれば、自社で使う先端半導体の調達先の多様化につながるというものでした。
そこで東氏は、日立製作所出身で旧知の小池淳義氏らに技術の検証を依頼しました。その後技術内容や国内生産、ファウンドリー(製造受託企業)事業化が検討されました。その結果、経済産業省に話は持ち込まれました。
そして2022年8月10日、日本企業計8社が総額73億円出資して、Rapidus株式会社は設立されました。具体的には、トヨタやデンソー、ソニー、NTT、NEC、キオクシアなどです。またソフトバンクや三菱UFJ銀行も出資しています。代表取締役社長には小池淳義氏、取締役会長には東哲郎氏が就任しました。
今後の予定としては、2025年に試作ライン、2027年に量産ラインの立ち上げを目指しています。
2-4. 世界トップのファウンドリーTSMC
ファウンドリーとは、半導体製造の前半工程を請け負い、顧客の設計データに沿って受託生産する会社の業界です。例えば、この業界の世界首位は有名な台湾のTSMCです。

TSMCの張忠謀会長(※ニューズウィークより)
TSMCの創業は、1987年です。創業者の張忠謀(モリス・チャン)は、1931年中国大陸の浙江省で生まれました。その後戦乱を逃れて一家で香港に移住し、1949年に渡米しハーバード大学に入学します。そして、1958年からテキサス・インスツルメンツ(TI)で働きます。そこでIBMの大型コンピュータ部品であるトランジスタの製造で、高い評価を得ました。
その後台湾に戻り、テキサス・インスツルメンツでの原体験を活用します。つまり、他社設計の半導体を製造する業務を請け負うファウンドリーを立ち上げたのです。
しかし、そのためには生産ラインに巨額の投資が必要です。彼は多くの日本の半導体企業に投資してもらうようにアプローチしますが、全て断られました。この時唯一賛同したのは、オランダのフィリップスでした。
彼はパソコンの登場で、半導体産業の産業構造が垂直統合型から水平分業型に移行することを見抜いていました。そしてアップルなどから大量の半導体受託製造を請け負いました。その結果、世界最大級の半導体メーカーに成長しました。ちなみにTSMCの時価総額は、トヨタの倍以上の62兆円です。
2-5. 日の丸ファウンドリーを狙う経産省
2-5-1. 半導体のエコシステムが期待されるラピダス
ラピダスの設立は、一半導体企業の域を超えた“日本の産業再生”の使命が託されています。産業を体に例えると、半導体は脳であり、心臓です。上流設計という脳を作り、チップという血液を自動車産業や電気製品産業に送り込むのがラピダスです。
日テレNEWSでは、「半導体産業の構造」や「LSTCの設立」、「半導体エンジニア」等について議論されています。LSTCとは、日米が設立する次世代半導体の研究開発拠点です。理事長には東哲郎氏が就任し、組合員にはラピダス、物質・材料研究機構、理化学研究所、産業技術総合研究所が参加しています。また準組合員には、東京大学、東京工業大学、東北大学、大阪大学などが参加しています。
2-5-2. エルピーダとルネサスの失敗から学ぶべきものとは
興味深い視点は、「日本の弱点」です。過去の失敗から学ぶならば、日本の半導体の盛衰にはどんな要因があるのでしょうか。
例えば2000年前後に、日本の半導体メーカーはメモリーの一種であるDRAMから撤退し、SoC(集積回路の一種)に舵を切りました。その時、NECと日立のDRAM部門が統合されたのがエルピーダです。エルピーダは、後に三菱のDRAM部門も吸収しています。
また2003年、NECはSoC部門を分社化してNECエレクトロニクスを設立しました。その後、2004年に日立と三菱のSoC部門は統合されました。これが、ルネサステクノロジです。そして2010年にはNECエレクトロニクスと統合され、ルネサスエレクトロニクスになりました。
この分社化が、大きな失敗の要因といわれています。そもそも半導体業界は巨額の投資を必要とし、分社化した半導体メーカーには資金力がありませんでした。その結果、設備投資には親会社の許可が必要で、迅速な経営判断ができなかったのです。
また期待された合併によるシナジー効果に関しては、各社の文化の融合は困難でした。例えば、製造工程の30%を超える洗浄技術は各社で互換性がありませんでした。この他に膨大な社内調整負荷も発生し、競争力が失われていったのです。
『半導体産業における日本勢の盛衰要因を探る』には、大きく4つ指摘があります。それは、「4層基板スパコン」「日米半導体協定」「DRAM市場のクロックスピード」です。
状況は異なるものの、こういった過去の失敗要因の分析も重要な要素です。

世界半導体出荷額の推移
3. ラピダスの設立後の動き

ラピダスの公式ホームページより
3-1. 最初の5年は日米連携で勉強する

ラピダスと日本IBMは技術のライセンス契約を結んだ(※朝日新聞デジタルより引用)
2022年11月11日、小池淳義社長は記者会見を開きました。そこで、「最初の5年間は、日米の連携という形でまず徹底的に勉強から始める」と述べました。またそこで、東哲郎会長は「日の丸連合では勝てない。世界の技術を結集する観点が一番重要」と語りました。
2022年12月13日、ラピダスは米IBMと技術のライセンス契約を結んだと発表しました。米IBMは、独自に開発した2ナノ世代半導体の技術をライセンス提供しています。現在米IBMは、半導体の設計開発に特化して技術力を磨いています。そして知的財産のライセンス提供で、利益を得るビジネスモデルを拡大しています。
またラピダスは、ベルギーの半導体研究機関IMEC(アイメック)とも連携します。IMECは、ベルギールーベンにある世界最大級の半導体研究開発機関です。具体的な取り組み分野には、「半導体技術」「ナノテクノロジー」「バイオエレクトロニクス」「エネルギー」があります。また、「高性能マイクロプロセッサ」や「長寿命バッテリー」でも成果を出しています。
3-2. 投資総額2兆9500億円ニューヨーク州の研究開発施設へ派遣

米東部ニューヨーク州オールバニにあるアルバニー・ナノテク・コンプレックス(※IBM Community Japanより引用)
2023年4月、ラピダスの技術者100名が、米国ニューヨーク州に降り立ちました。その目的は、2ナノ半導体の製造に必要な技術の習得です。回路の線幅が2ナノメートルで、1ナノメートル(nm)は10憶分の1メートルに相当します。
そしてこのニューヨーク州オールバニには、IBMの研究開発拠点があります。その名前は、「アルバニー・ナノテク・コンプレックス」です。ここは、州政府など産学官が連携して資金を拠出し、2001年に整備されました。
例えば、年間の運営予算は443億円で、今までの投資総額は2兆9,500億円に達します。200以上の国際的企業や研究機関とパートナー関係を結び、約3,000人の研究者や技術者が働いています。
今後量産化を目指す2ナノ半導体の特徴を、以下に記します。
◆2ナノ半導体の特徴
① 3ナノ半導体と比べて、処理能力を1割向上できる
② 3ナノ半導体と比べて、消費電力を2~3割抑制できる
③ 3ナノ半導体と比べて、面積を5%減らせる
4. 投資総額5兆円の半導体工場を千歳市に建設
4-1. 千歳美々ワールドの一画に建設
2023年9月、ラピダスは北海道千歳市に半導体工場を建設することを決定しました。具体的には、新千歳空港東部の千歳美々ワールドの一画で、270社以上の企業が工場や拠点を構えています。建築面積は東京ドームを超える約5万4000㎡で、工場は地上4階建てです。
またこの場所に決定された理由とはしては、「インフラ」と「物流」、「豊富な地下水」等の好条件が挙げられています。
4-2. 国内外の研究者や技術者が集結
新工場建設予定の千歳市周辺には、国内外から研究者や技術者が集結する予定です。また2023年9月28日、ラピダスの清水敦男専務執行役員は「毎月20〜30人の技術者を採用している」と述べました。ちなみにこの千歳市内での講演は、全て英語でした。
2025年に最先端半導体の試作ラインを立ち上げ、2027年から2ナノ半導体の量産を開始する計画です。
ちなみに北海道内で半導体関連の学部がある大学としては、北海道大や室蘭工業大、公立千歳科学技術大、北海道科学大などがあります。また、苫小牧高専や函館高専、旭川高専、釧路高専もあります。
5. AI競争の勝者!?エヌビディアの存在とは

エヌビディアの公式ホームページより
5-1. グラフィックプロセッサー「H-100」

エヌビディアのジェンスン・フアンCEO
NVIDIA Corporation(エヌビディア)は、カリフォルニア州にある半導体メーカーです。ChatGPTやBardなどのチャットボットを動かすためには、エヌビディアのハイテクGPUが必要といわれています。
大きな転機は、2022年に発表したグラフィックプロセッサー「H-100」です。これは、トレーニングや推論など基本的な生成AIの飛躍的な進歩を実現しました。例えばChatGPTは、このチップのおかげでデビューできたといわれています。
エヌビディアの強みは、AI関連をワンストップで提供できることです。具体的には、最先端GPUとシリコンのネットワーキング、先端メモリの3点セットです。つまりハードウェアとソフトウェア両面で、AIのエコシステムをコントロールしています。
5-2.「H100」の改良版を発表
2023年11月13日、エヌビディアは人工知能(AI)向けプロセッサー「H100」の改良版を発表しました。またこれは「H200」と呼ばれ、高帯域幅メモリー(HBM3e)に対応しています。
AmazonのAWSやグーグル・クラウドは、全てH200を利用する予定です。
6. 中国半導体の超微細化実現の理由
6-1. ファーウェイ最新スマホ搭載中国産7ナノチップの謎
2023年8月末、中国通信機器大手華為技術(ファーウェイ)は最新スマートフォン「Mate 60 Pro」を発表しました。HUAWEI(ファーウェイ)は、元中国人民解放軍の任正非氏が設立した会社です。
これに搭載されていた半導体チップ「麒麟(Kirin)9000S」が、注目を浴びました。なぜなら、7ナノチップは中国では作れないといわれていたからです。この技術は、台湾のTSMC、韓国サムスン電子、米インテルしか持ち得ていません。
また現在は、米国、日本、オランダによる最先端半導体の輸出規制中です。そのため中国は、先端チップや製造装置の直接調達は不可能です。この件について、米商務省は当時「まだよく分かっていない」とロイター通信に答えていました。
6-2. 天才エンジニアの正体
2023年11月5日の現代ビジネスに、『《年俸2億円》ファーウェイ最新スマホに搭載された“謎の半導体チップ”を実現させた「天才エンジニア」の正体』という記事が掲載されました。中国が7ナノチップを開発できた理由は、2人の天才エンジニアだとしています。
その2人とは、TSMC出身のエンジニアである、梁孟松氏と蒋尚義氏です。また彼らは中国のSMICに引き抜かれ、14ナノの製造を成功させました。
梁氏は、国立成功大学電機工程学系で修士号を取得しました。またカリフォルニア大学バークレー校で、電子工程博士号を取得しています。しかも、アメリカ合衆国特許商標庁(USPTO)に登録した半導体関連の特許は181件に上ります。
しかも米の半導体大手のAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)、TSMC、サムスン電子R&D副社長を経て、2017年にSMIC共同首席最高経営責任者(CEO)兼執行理事に就任しました。その結果、300日足らずでそれまでの28ナノから14ナノを実現させたのです。
蒋氏は、台湾大学を卒業しました。その後、プリンストン大学とスタンフォード大学で博士号を取得しました。テキサスインスツルメンツ(TI)とヒューレッドパッカード(HP)で働いた後、1997年に台湾に戻り、TSMCの研究開発(R&D)部門副総裁に就任しています。その後2016年SMICに入社し、2020年には副董事長(副会長)に就きました。
しかも蒋氏は、TSMC時代オランダのASMLと関係が深かったようです。つまり、今回のファーウェイの7ナノチップは、この2人のノウハウと独自入手のASML装置によって実現されたというわけです。
6-3. 約2憶円の年俸とマンションと自社株
台湾で生まれ、アメリカで学び、アメリカ企業で働いた梁氏。彼は今、中国のSMICで働いています。中国メディアによれば、彼の年俸は約1億8,000万円です。また約3億2,000万円の超豪華マンションや約2憶6,000万円の自社株が与えられています。
つまり、中国はノウハウと人脈を持つキーパーソンの引き抜きに成功しました。その結果、短期間で半導体産業の重要な進化を実現しました。このことは、天才エンジニアの国力に対する影響力の大きさを示しています。
7. ラピダスの予想される効果とは
7-1. 需要が高まる外販マスク市場

半導体用フォトマスク(※トッパンフォトマスクより)
次世代半導体製造装置で注目されているのが、フォトマスク分野です。フォトマスクとは、LSIなどの集積回路の製造プロセスで使用される重要部材です。
これは、表面の遮光膜に微細な回路パターンをエッジングした透明なガラス板です。そして回路をシリコンウェハーに焼き付けるときの原版になります。
ラピダスは、フォトマスクを全量外部調達で行うと言われています。しかも、フォトマスクの需要は量産開始時よりも開発や試作などの立ち上げ前にピークを迎えます。例えば、最大手のトッパンフォトマスクがMB描画装置の導入を進めています。また大日本印刷(DNP)も、2台目の増設投資を決定しています。
8. まとめ
半導体は、“産業のコメ”といわれています。かつて日本企業の世界の半導体産業でのシェアは、1988年は50.3%もありました。しかし2022年には、6.2%にまで低下しました。
一方で新型コロナウイルスの感染拡大や米中貿易摩擦で、世界的な半導体不足が発生しました。その結果、深刻な半導体不足が起こり、納品できない事態に陥りました。
ラピダスの設立の目的は、何より半導体の先端技術の獲得にあります。付加価値の高い製品作りには、高度な先端技術が必要不可欠です。そのために米IBMの力を借り、まずはライセンス料を支払いながら、最新版半導体を量産します。同時に、エルピーダメモリ破綻の教訓も活かす必要もあります。
またエコシステムの起点として、日本製品の高機能化に効果があると予想されます。
ただし、その源泉はアメリカのIBMを開発した先端半導体のライセンスです。いわゆるまずは借り物でしのぎ、追いつき、場をもたせようというものです。
台湾のTSMCの創業者モリス・チャンは、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学で学びました。その後、テキサス・インスツルメンツで働きました。しかもその後、スタンフォード大学で電気工学のPh.D.を取得しています。
ここから浮かび上がるのは、世界の半導体戦争のキーマンの共通点です。つまり、母国のTOP校を卒業後、アメリカのTOP校で電子工学を学び、米大手企業で経験を積むコースです。その人材獲得競争には、知財と高額報酬も絡んできます。
この世界の現実を見据えた上で、ラピダスはどういった戦略を実行していくのか。そこには、日本型雇用制度と報酬制度の未来像が見えてくるかも知れません。