ラピダスは、2022年8月に設立された半導体メーカーです。ソニーやトヨタ自動車、NTT、デンソーなど、国内大手8社が出資しています。また日本政府も、700億円の開発費を拠出しています。
ラピダスの目標は、回路線幅2ナノメートル以下の半導体の開発と量産です。2020年後半までの実現を目指しており、ラピダスが成功すれば日本は半導体技術において再び世界をリードする可能性があります。本記事では、ラピダスについて詳しく解説します。
Contents
1. ラピダスが目指す2ナノメートルとは
1-1. 半導体回路の幅の重要性
1-1-2. 線幅が細くなるほどチップ上に集積できる
半導体の回路の幅は、線幅と呼ばれます。これはナノメートル(nm)で表され、細くなるほど多くの回路をチップ上に集積できるようになります。その結果、処理速度が向上し、消費電力も低減できます。つまり半導体製造技術の進歩は、線幅の微細化と非常に大きな関係があります。
1-1-2. 現在量産されているのは4~5ナノメートル
2024年段階で量産されている半導体の線幅は、4~5ナノメートルです。この線幅の半導体は、スマートフォンやパソコン、サーバーやAIに使われています。また医療機器や、自動車の車載情報システム、ゲーム機などにも使用されています。量産している主要メーカーには、台湾積造電路製造公司 (TSMC)や韓国サムスン電子、米国インテルなどがあります。
1-2. 2ナノメートルで半導体の世界はどう変わる?
半導体が2ナノメートルになったら、どんな変化が起こるのでしょうか。まず最初に想定されるのは、電子機器の性能向上です。2ナノメートルの半導体は、従来の7ナノメートルの半導体と比べて処理能力が15%向上します。しかも消費電力は、最大30%下げることができます。
製品面では、スマートフォンやPCの更なる小型化・軽量化や、高画質カメラの搭載があります。その他の分野でも、例えばAIやビックデータ処理の高速化、金融機関のリスク管理、宇宙開発の進展、量子コンピュータの実現など、様々な影響があります。
2. ラピダス設立の背景
2-1. 2015年発表の「中国製造2025」の影響
米中貿易摩擦の発端は、2015年に中国が発表した「中国製造2025」です。この10分野の中の一つに半導体を入り、米国を刺激しました。しかもその後半導体不足という事態が発生しました。2022年10月、バイデン政権は大型の対中半導体輸出規制を発表しました。そして米国政府は、日本政府とオランダ政府に対中規制の協力を求めました。
半導体は「産業のコメ」であるだけでなく、「戦略的重要物資」です。戦闘機やミサイル、戦車には多くの半導体が使われています。また核兵器や超音速ミサイルなどの最新兵器には、人工知能が採用されています。これらの技術を可能にしているのが、先端半導体です。そのサプライチェーンの重要起点を西側諸国が握っており、争奪戦が展開されています。
2-2. 半導体製造装置は米国、日本、欧州で94%のシェア
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の最新の調査では、2022年の本社別地域・国別シェアは米国が50%、日本が23%、欧州が21%、中国および韓国がそれぞれ3%前後です。つまり半導体製造装置市場で、米国と日本と欧州で94%を占めています。またオランダの半導体装置メーカーASMLは、チップ製造に不可欠な半導体露光装置を製造しています。しかも世界のチップの85%は、ASMLの製品を使って作られています。
2-3. 世界の半導体チップの85%はオランダのASMLが製造
オランダの半導体装置メーカーASMLは、半導体チップ製造に不可欠な半導体露光装置を製造しています。しかも世界の半導体チップの85%は、ASMLの製品を使って作られています。つまり、スマートフォンやラップトップの製品に使われる半導体チップの多くは、ASMLの機械で作られています。これが、「ASMLが一時停止したら、iPhoneの新製品は出せない」といわれる由縁です。
2-4. 米国下院の中国特別委員会の動き
2-4-1. 技術規制から資本規制へ
2023年11月17日のYouTube『デイリーWill』では、半導体戦争の裏側について報じていました。経済安全保障アナリストの平井宏治氏は、世界の「知能化戦争」を指摘しています。これは、「AIを制するものは覇権を制する」というものです。従来は、技術の流れの規制でした。しかし今アメリカは、資金の流れの規制に動き出しています。この規制対象の舞台になるのが、ベンチャーキャピタルです。
2-4-2. 中国投資の4ベンチャーキャピタルに送った書簡の中身
2023年夏、米国下院の中国特別委員会が4つの米ベンチャーキャピタルに書簡を送りました。その中身は、「過去に投資した半導体、人工知能、量子コンピュータを扱う中国企業の名前と投資額、内容、中国共産党との関係を、書面で回答せよ」というものです。この背景には、アメリカの国家安全保障上問題がある中国投資を規制する法案の動きがあります。具体的には、2024年度国防権限法修正案に反映される予定です。
2-4-3. 書簡を送られた4つのベンチャーキャピタルとは
米国下院の中国特別委員会が書簡を送ったベンチャーキャピタルは、以下です。
◆GGV Capital/2000年設立。2005年Jenny Leeは上海オフィス設立。ByteDance、メグビーなどに投資
◆GSRベンチャー/2004年設立。管理資産は37億ドル、中国のAI企業に33件投資している
◆ウォールデン ベンチャー キャピタル/1974年、アート ベルリンナー、ジョージ サーロが設立。SMICにも投資
◆クアルコム・ベンチャーズ/ウィグル人の顔認証のセンスタイム、デンリン・テクノロジーに投資
3. ラピダス設立の経緯
3-1. 旧知のIBM幹部からの1本の電話
2020年東京エレクトロンの元社長の東哲郎氏に、米IBM幹部ジョン・ケリー氏から1本の電話が入りました。その中身は、「2ナノの最先端半導体開発の目途がついたので、日本で製造できないか」というものです。ちなみに米IBMは、半導体技術の開発のみを行い、量産は行っていません。
狙いは、2つありました。一つは、自社のライセンスの供与先を作ることです。もう一つは、量産化が成功すれば、自社で使う先端半導体の調達先の多様化につながるというものでした。そこで東氏は、日立製作所出身で旧知の小池淳義氏らに技術の検証を依頼しました。その後技術内容や国内生産、ファウンドリー(製造受託企業)事業化が検討されました。その結果、経済産業省に話は持ち込まれました。
そして2022年8月10日、日本企業計8社が総額73億円出資して、Rapidus株式会社は設立されました。具体的には、トヨタやデンソー、ソニー、NTT、NEC、キオクシアなどです。またソフトバンクや三菱UFJ銀行も出資しています。代表取締役社長には小池淳義氏、取締役会長には東哲郎氏が就任しました。今後の予定としては、2025年に試作ライン、2027年に量産ラインの立ち上げを目指しています。
3-2. 日の丸ファウンドリー(受託製造)を狙う経産省
3-2-1. 半導体のエコシステムが期待されるラピダス
ラピダスの設立は、一半導体企業の域を超えた“日本の産業再生”の使命が託されています。産業を体に例えると、半導体は脳であり、心臓です。上流設計という脳を作り、チップという血液を自動車産業や電気製品産業に送り込むのがラピダスです。
3-2-2. エルピーダとルネサスの失敗から学ぶべきものとは
過去の失敗から学ぶならば、日本の半導体の盛衰にはどんな要因があるのでしょうか。例えば2000年前後に、日本の半導体メーカーはメモリーの一種であるDRAMから撤退し、SoC(集積回路の一種)に舵を切りました。その時、NECと日立のDRAM部門が統合されたのがエルピーダです。エルピーダは、後に三菱のDRAM部門も吸収しています。また2003年、NECはSoC部門を分社化してNECエレクトロニクスを設立しました。その後、2004年に日立と三菱のSoC部門は統合されました。これが、ルネサステクノロジです。そして2010年にはNECエレクトロニクスと統合され、ルネサスエレクトロニクスになりました。
この分社化が、大きな失敗の要因といわれています。そもそも半導体業界は巨額の投資を必要とし、分社化した半導体メーカーには資金力がありませんでした。その結果、設備投資には親会社の許可が必要で、迅速な経営判断ができなかったのです。
また期待された合併によるシナジー効果に関しては、各社の文化の融合は困難でした。例えば、製造工程の30%を超える洗浄技術は各社で互換性がありませんでした。この他に膨大な社内調整負荷も発生し、競争力が失われていったのです。
4. ラピダス設立後の流れ
4-1. 最初の5年は日米連携で勉強する
2022年11月11日、小池淳義社長は記者会見を開きました。そこで、「最初の5年間は、日米の連携という形でまず徹底的に勉強から始める」と述べました。またそこで、東哲郎会長は「日の丸連合では勝てない。世界の技術を結集する観点が一番重要」と語りました。
2022年12月13日、ラピダスは米IBMと技術のライセンス契約を結んだと発表しました。米IBMは、独自に開発した2ナノ世代半導体の技術をライセンス提供しています。現在米IBMは、半導体の設計開発に特化して技術力を磨いています。そして知的財産のライセンス提供で、利益を得るビジネスモデルを拡大しています。
またラピダスは、ベルギーの半導体研究機関IMEC(アイメック)とも連携します。IMECは、ベルギールーベンにある世界最大級の半導体研究開発機関です。具体的な取り組み分野には、「半導体技術」「ナノテクノロジー」「バイオエレクトロニクス」「エネルギー」があります。また、「高性能マイクロプロセッサ」や「長寿命バッテリー」でも成果を出しています。
4-2. ニューヨーク州の研究開発施設へ派遣
2023年4月、ラピダスの技術者100名が、米国ニューヨーク州に降り立ちました。その目的は、2ナノ半導体の製造に必要な技術の習得です。回路の線幅が2ナノメートルで、1ナノメートル(nm)は10憶分の1メートルに相当します。そしてこのニューヨーク州オールバニには、IBMの研究開発拠点があります。その名前は、「アルバニー・ナノテク・コンプレックス」です。ここは、州政府など産学官が連携して資金を拠出し、2001年に整備されました。
例えば、年間の運営予算は443億円で、今までの投資総額は2兆9,500億円に達します。200以上の国際的企業や研究機関とパートナー関係を結び、約3,000人の研究者や技術者が働いています。
5. ラピダスが北海道に与える影響
5-1. 北海道千歳市では建設ラッシュ
ラピダスの工場建設決定以降、千歳市役所周辺ではマンションの建設が相次いでいます。例えば2023年の千歳市内の共同住宅建築確認件数は約40件で、前年度の2倍以上になっています。また家族向けの2LDKの家賃は、1~2万円ほど上昇しています。ただし先例となるTSMCの熊本進出では、交通渋滞や住宅不足が発生しました。そのため、千歳市や工事関係者はそういった課題に先回りした対策を進めています。
5-2. ラピダスが北海道に工場を建てた理由
ラピダスが北海道に工場を建設した理由には、5つのポイントがあります。
5-2-1. 優秀な人材を確保できる
北海道大学や札幌工業大学など、半導体製造に必要な人材を確保しやすい環境があります。特に北海道大学は、世界屈指の半導体研究拠点として、高い研究実績を誇っています。例えば材料開発においては、III-V族化合物半導体エピタキシャル成長技術やダイヤモンド単結晶の育成があります。またデバイス設計においては、量子ドットレーザーやスピンデバイスがあります。それ以外にも、プロセス開発においてEUVリソグラフィや原子層堆積があります。これらの研究成果は、世界中の研究者から高い評価を得ています。
5-2-2. 豊富な水資源
半導体製造には、大量の高度処理水が必要不可欠です。特に千歳市は、地下の水量が豊富で水質が良いので、恵まれた環境といえます。
5-2-3. 広大な土地がある
半導体工場内には、精密機械やクリーンルームを設置するための大きな面積が必要になります。そのための広い土地が必要になりますが、北海道には大きな土地があり、確保しやすく、工場建設に適しています。また工場周辺に住宅や商業施設もないため、騒音や振動の被害が生まれにくのも大きなメリットです。
5-2-4. 安定した電力供給
北海道は、電源開発送電株式会社の送電網に接続されています。そのため、安定した電力供給が可能です。
5-2-5. 日本政府の支援
日本政府は、半導体の国内生産体制の強化を推進しています。その結果、ラピダスに対して最大5兆円の支援を行うことを表明しています。2027年の量産開始を目指しています。
5-3. 国内外の研究者や技術者が集結
新工場建設予定の千歳市周辺には、国内外から研究者や技術者が集結する予定です。また2023年9月28日、ラピダスの清水敦男専務執行役員は「毎月20〜30人の技術者を採用している」と述べました。ちなみにこの千歳市内での講演は、全て英語でした。ちなみに北海道内で半導体関連の学部がある大学としては、北海道大や室蘭工業大、公立千歳科学技術大、北海道科学大などがあります。また、苫小牧高専や函館高専、旭川高専、釧路高専もあります。
6. ラピダスはやばい!?懸念される理由とは
6-1. 2nm(ナノメートル)への技術的挑戦
ラピダスが挑んでいるのは、2nm(ナノメートル)技術という最先端の半導体プロセスです。これは現在の世界の半導体産業の中でも非常に高度な技術であり、開発には膨大な資金と時間、専門知識が必要です。
現時点でこの技術の実用化に成功しているのは、世界最大の半導体製造企業である台湾のTSMCや韓国のSamsungといった限られた企業です。これらの企業はすでに技術のノウハウと設備を備えており、ラピダスはそれに対抗しなければならないため、大きな技術的なプレッシャーがあります。
6-2. 半導体業界の競争の厳しさ
世界の半導体市場は、非常に競争が激しい状況にあります。TSMCやSamsungに加え、アメリカのIntelなども次世代半導体技術の開発にしのぎを削っています。
この中でラピダスが遅れを取ることなく競争に勝ち残るためには、他社と同等以上の技術と製造能力を持つ必要があります。現在のところ日本の半導体産業は以前ほどの競争力を持っていないため、ラピダスが成功するかどうかは非常に不透明です。
6-3. 巨額投資が必要
次世代半導体の製造には、巨額の資本投資が必要になります。例えば、最新の製造設備やクリーンルームの構築だけでも、数千億円規模の投資が必要となります。ラピダスには、日本政府や大手企業(トヨタ、ソニー、NTT、キヤノンなど)からの出資が行われていますが、それでもこれらの資金がプロジェクト全体をカバーするのか、または追加の投資が必要となるのかは不明です。
6-4. サプライチェーンの課題
半導体製造には、多くの異なる部材や機器が必要であり、そのための強固なサプライチェーンが必要不可欠です。特に、EUV(極端紫外線)リソグラフィーという技術は2nmプロセスに不可欠で、このための装置はオランダのASML社がほぼ独占的に供給しています。
これに依存する形では、安定した供給を確保できないリスクや、価格交渉力が低下するリスクがあります。
6-5. 半導体に精通した人材の不足
日本の半導体産業は、かつて世界をリードしていました。しかし1990年代以降、他国に遅れを取り、現在はトップ企業としての地位を失っています。
過去の教訓として、政府や企業の支援が十分でなかったことや、グローバルな競争環境に適応できなかったことが挙げられます。ラピダスが同じ轍を踏むリスクがあるため、過去の失敗や教訓を生かし、どう乗り越えるのかが注目されています。
7. まとめ
半導体は、“産業のコメ”といわれています。かつて日本企業の世界の半導体産業でのシェアは、1988年は50.3%もありました。しかし2022年には、6.2%にまで低下しました。
一方で新型コロナウイルスの感染拡大や米中貿易摩擦で、世界的な半導体不足が発生しました。その結果、深刻な半導体不足が起こり、納品できない事態に陥りました。
ラピダスの設立の目的は、何より半導体の先端技術の獲得にあります。付加価値の高い製品作りには、高度な先端技術が必要不可欠です。そのために米IBMの力を借り、まずはライセンス料を支払いながら、最新版半導体を量産します。同時に、エルピーダメモリ破綻の教訓も活かす必要もあります。
またエコシステムの起点として、日本製品の高機能化に効果があると予想されます。
ただし、その源泉はアメリカのIBMを開発した先端半導体のライセンスです。いわゆるまずは借り物でしのぎ、追いつき、場をもたせようというものです。
台湾のTSMCの創業者モリス・チャンは、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学で学びました。その後、テキサス・インスツルメンツで働きました。しかもその後、スタンフォード大学で電気工学のPh.D.を取得しています。
ここから浮かび上がるのは、世界の半導体戦争のキーマンの共通点です。つまり、母国のTOP校を卒業後、アメリカのTOP校で電子工学を学び、米大手企業で経験を積むコースです。その人材獲得競争には、知財と高額報酬も絡んできます。
この世界の現実を見据えた上で、ラピダスはどういった戦略を実行していくのか。そこには、日本型雇用制度と報酬制度の未来像が見えてくるかも知れません。半導体そのものについては、本サイトの『半導体とは?仕組みや種類、作り方から不足の理由まで解説!』で詳しく解説しています。そちらもご覧下さい。